イラン、トルコ、シリア、イラクが4ヶ国共同観光ビザで合意

1つのビザで4ヶ国を回れるようにし、観光促進を図る。



Iran, Turkey, Syria, Iraq agree on issuing joint visa
http://isna.ir/isna/NewsView.aspx?ID=News-1728934&Lang=E
03-06-2011
11:00:27

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この記事へのコメント

れみ
2011年10月03日 23:28
共同観光ビザ、待ち遠しいです^^

お久しぶりです、hibikanさま
7月にダマスカスの治安について根掘り葉掘りと伺った大学生のれみです。
ついに8月のあたまから2ヶ月のダマスカス滞在を終え、昨日帰国しました。大きな事件に巻き込まれることもなくシリアの人々のお人柄に感銘を受ける日々でありました。見ず知らずの小娘の相談を快く受けてくださり本当にありがとうございます。hibikanさまのアドバイスがなければ150パーセント渡航していなかったので、取り急ぎ御礼と帰国報告させていただきます。
hibikan
2011年10月04日 08:28
れみさん、こんにちは。

ダマスカスでは特に問題も発生しなかったので、主目的の部分で多くの出会いと成果があったと思います。

今のような情勢下では、シリア人の結束を一層強く感じることができたのではないでしょうか。

今の時期にわざわざ滞在する外国人は少ないはずなので、新聞に書かれていない貴重なエピソードが沢山あると思います。生活が落ち着き、時間がおありになるときにでも、代表的なお話を1つ2つ聞かせていただければ嬉しいです。
れみ
2011年10月08日 15:34
hibikanさま

お返事ありがとうございます。
Souq saroujaに住んでおりましたが、hibikanさまのおっしゃる通り拍子抜けするくらい特に何も起こりませんでした。
イフタールの始まりの合図の大きなボン!という音を初めて聞いたとき、いよいよ戦いが始まってしまったのかと目の前が真っ暗になりました(笑)そういった思い違いや突っ込みのコネタでいっぱいの笑いの絶えない日々でありました。
ただ気になったのが、いまのシリアは連帯や結束からは程遠いのではないかという印象を受けたことです。家でみなでわいわい騒いでいるときにクリスチャンやスンニー派の人がアラウィー派の友人を糾弾する場面に身を置いたり、人々が他人の宗派を気にしたり、自分はスンニ派だなどと宗派を主張するようにもなったという憂いを耳にしたからです。よく分かりませんが、これは大きな変化なようで、、少なからず私の主な周りの友人(年齢は20代前半、Damascus大学やKalamoon大学の学生、親は経済的には主にDummar projectに住んでいるようなミドルクラス)は何となくバラバラなシリアで終わりなき葛藤を生きているようにも感じられました。
まさにホッブズがリヴァイアサンで述べたような自然状態が広がっているように感じました。妄想だったらいいのですが。
れみ
2011年10月08日 15:35
政権に対しての考えですが、私の会った20代後半以降の人々は大統領は支持するが暴力は許容できないといった意見、私の世代だと夏休みで暇をもてあましていることもあり一部は何が何でも政権交代だなんで悲しみと憤りを溜め込んでいたりもしました。フォーシーズン近くに反体制側は黒いシャツを着て集合といった若者のデモもあり見に行きましたが50人ほど集まっていました。しかし、インテリジェント出現により15分以内に解散していました。やがて9月の後半にもなるとだんだん彼らも卒業論文や就職などのことで現実的になってきたのか、もしくは政権の強さに諦めの感情を抱き始めたのか、明らかに政治的な議論もかつてほど熱を帯びることが少なくなりそういった憤怒も静まりをみせてきたように思います。あと、アル・マリク通りに住むような超お金持ちの家に何度かおじゃましましたが、かれらはホムスでもハマでも何も起こっていないと主張します。そう断言するときの彼らはそれはそれはとても怖かったです。明らかに現政権下で経済的なうまみを存分に吸っている人とそうでない人の間では見えない確執があって、両者はあいまみえることはないんだろうなと素朴に思います。そしてそれだけでなく、宗派や民族間においても亀裂は深まりを見せたり見せなかったり、、それではアルバイトに行ってくるのでこの辺にいたします。まだまだ書き足りないので(笑)また書き込みさせてください!!こんなつたなくたいしたことない見聞をさらし恐縮ではありますが、hibikanさまのご意見というかご感想を是非お聞きしたいです。いつも暑苦しくて申し訳ありません
hibikan
2011年10月09日 09:09
短期間の滞在だったのに、実にいろんな体験をすることができ、本当に良かったですね。国民が内なる問題について、外国人の前で語ることは(どの国でも)あまりないので、その意味でも一生の宝物になるような体験だったと思います。

>>ホムスでもハマでも何も起こっていないと
>>主張します。そう断言するときの彼らは
>>それはそれはとても怖かった

私の場合は、巨大なキリスト教大聖堂の前で「ここはイスラム教徒地区だ。キリスト教徒なんていない」と怒って説教されたことがありました。存在するのに「ない」と言う。

少数派は、このメンタリティーを恐れている。だから同胞団のスンニー中心主義では駄目なのです。

実は、この種の議論は、バアス党が発展する過程で散々議論してきた内容なので、バアシストにとっては答えが出ている古い問題です。議論を通じて人々を導く方法を心得ている。

だからアサド大統領は、「シリアの政体を自由に議論していい。唯一の前提条件は、イスラエルとの対決だ」とだけ語り、あとはシャルア副大統領に国民対話を任せ、放置プレーした。多様な議論が噴出しても、最後はバアス党のアラブ民族主義に収斂することを知っている。(今日付の新しいブログ記事に、大統領の関連発言があります。)
hibikan
2011年10月09日 10:11
バアス党が人材豊富で、議論にも長けているのに対し、反体制派には政権を任せられるだけの人材がいない、という現状は決定的です。仮に政権交代したとしても、米国は意地悪ですから、初日から圧力をかけてきます。シリアの政治を、人権活動家なんかに任せられるか、とすら思います。

あ、それで、私が書く「結束」というのは、「外国干渉に反対」とか、そういうレベルでいいのです。「満場一致」である必要はないし、ありえない。シリア人が金太郎飴のように「外国干渉に反対」と主張するだけで、米国の計画が頓挫してしまう。ここが重要な議論のポイントになっている。外国干渉に反対しないのは、CIAと結びついた海外組だけであることが露呈した。「正体見たり」これだけでアサドの勝利です。

(話は飛びますが、だから外国人参政権といって「別にいいんじゃない?何がいけないのかわからない」と反応する人口が多い日本を、私は心配しています。)

強い外圧を受けると、力学的には内側は固まりますから、「不満はあるけど、バアス党を選ばざるをえない」という消極的なバアス支持で、当面は乗り切れるのではないかと、私は見ています。

世の中に存在するバラバラな意見を総合評価すると、どのあたりに平均値があるのかわからない時、私は財界を参照します。このブログで商工会議所を取り上げるのは、そのためです。現地にいる場合は、スークの親父たちと会話するといいです。反体制派が流す拷問殺人ネタを集めても、ゴミにしかならない。

現状では、財界が政府を向いているので、私はアサドについて心配していません。特にアレッポが重要。アサドに不利な変化が発生したら、アレッポで表面化するはずです。
hibikan
2011年10月09日 10:11
話は冒頭に戻りますが、れみさんは、一番良いときにシリアに留学しました。世の中が変化しているときは、日頃隠している物が一気に表面に噴き出す。それを話題にしてしゃべって構わない。今の私は東京から離れられないので、本当にうらやましいです。
れみ
2011年10月10日 19:23
hibikanさま

早速のお返事をありがとうございます!!
数多の意見の平均値のおとしどころが、スークのおっさん(みんなマリオやルイージに見えます)と話すことで見えてくるということにhibikanさまのご経験の深さを感じました。商工会議所や株価を取り上げておられるのには、そういった理由があるのですね。脱帽です。hibikanさまを見習い、これから私も注視していきます。正直、現地では食べることと自分の身の安全について把握しておくことに強い関心があり、それ以外の現地の人の言葉に耳を傾けることが二の次になっていたことが心残りです。

存在するのに「ない」と突き通す人(苦笑)や政治的な話をおくびにもださない人が大半でしたが、私の人畜無害さに安心してか特に同世代の若者の中には政治的な議論の輪に毎日のように混ぜてくれる人々おりました。しかし議論はオープンカフェでもなされていたからでしょうか、秘密ポリスに拘束されたり、サルージャに日本人スパイがいると家のオーナーが何者かに電話を受け顔面蒼白で私のもとに飛んできたりと、いくつかトラブルもありました(笑) 
しばらく行動を監視される恐怖の日々もありましたが、アラビア語はもとより英語すらもたどたどしい者ですので、しばらくして彼らも取り越し苦労だったことに気づいたようです。
。 
れみ
2011年10月10日 19:23

現地では、一部製品の物価上昇の波を肌で感じたり、VISAカードが使えなくなり慌ててレバノンに行ったりと、内政と外交のせめぎあいの只中にいるということを身をもって体験する機会もありました。いじくられる側の苦労を少しだけでも知れたことは、生まれてこのかた日本の片田舎でまったり生活してきた者にとっては非常に強烈でありました。
驚くべきことは、例え外国の干渉には反対でも、外国人を排斥しようとしたり危険な目にあわせようとする派生的な流れを特に感じなかったことです。ですので、ヨーロッパの人ものびのび学校に通ったり徘徊していました。また、中国製品ばかりあふれてしまっているという憂いは耳にしても実際に中国の人が何か被害にあったりなどはどうやらないようです。そこにダマスカスの人々の特殊性をとても感じました。
あと、帰国して驚いたことが、日本でのいきすぎた韓流ブーム?に疑問を感じる人々がデモ隊として立ち上がっている現象です。
そういった人々は外国人参政権にも反対なのでしょうかね。いまはただただ彼らの熱気に目をまるくしているところです
れみ
2011年10月10日 19:24
消極的なバース支持で当面回っていくだろうというhibikanさまの見通し、とても頷かされます。
9月末あたりにもなれば、あれだけ政府打倒に燃えていたのにという学生たちも、自分たちの子供や孫世代になっても何も変わっていないかもしれないなどとすっかり意気消沈しておりました。打つ手がないのでしょうね。別の機会に、パンも燃料も安く買えて(政府補助で)いいじゃないかなんて言ったら、うちらミスタージェラフの家畜だから、人生もすべてコントロールされてるから、などとと遠い目で答えていました。
ところで、消極的なバース支持が続くのはイスラエルの存在が大きいと思うのでしょうがいかがでしょうか??お隣にディズニーランドがなければ、この政権も存在しかったのではといっては過言ですが(無知すぎる中での発言をおゆるしください)、少なからずシリア国民はバース党の外交に一定の満足を置いていることが、ムバラクが去ったケースとは異なる路線へシリアを導いている気もいたします。それがhibikanさんのおっしゃる「強い外圧を受けると、力学的には内側は固まる」ということなのでしょうか?毎度図々しいのですが、もしよければお返事を願いいたします!!
れみ
2011年10月10日 19:26
常々思いますが、hibikanさまのブログに流れ着いていなければ、「この」時期に「あの」ダマスカス(普通に報道を見ているだけではそうとしか表現できませんでした)を訪れることは絶対ありませんでした。空港に降り立つやいなや厳しく執拗な入国審査の洗礼を受けこの国のイレギュラーさを実感し早々に少しばかりの後悔と恐れにさいなまれたりもしました(笑)常に事態の急変を恐れつつ、また強硬的な帰国勧告を逃れるために日本大使館から身を隠し続けなければならない2ヶ月間は、たまに生きた心地がしませんでした。しかし基本的には、シリアの人々、ご飯、お菓子への好奇心に毎日心踊ったり、ベイトアラビーの中庭で植物と床のタイルの美しさを愛で、ジャスミンの香りに癒されながら毎朝トルココーヒーを頂くことから始まる夢のような日々を送っておりました。hibikanさんはもう一息の勇気のでなかったくすぶり続ける一学生の肩をポンと押してくださったのです。本当にありがとうございました。

hibikan
2011年10月10日 23:55
>>驚くべきことは、例え外国の干渉には反対
>>でも、外国人を排斥しようとしたり危険な
>>目にあわせようとする派生的な流れを特に
>>感じなかったことです。

これは、私も強く感じました。彼らなりの行動規範があって、秩序が守られている。今はトルコ批判が渦巻いています。シリア・トルコで結婚しているカップルも多いので、トルコ系住民はさぞかし居心地が悪いだろうと思いますが、その辺りの論理は使い分けている。

でも、それを可能にするのは、ムハーバラートなわけです。ムハーバラートの役割を否定するならば、文化大革命の時の中国のように、日本人の子だというだけで社会から排除され、学校・職場から追放され、反省文を胸にぶらさげた状態で路上でさらし者にされ、絶望した大量の人が日本に押し寄せる。いわゆる「中国残留孤児」問題が発生するし、その他の混乱も合わせ、中国自体の政治・経済が20年くらい停滞した。

米欧イスラエルの描写とは逆に、シリアの政治は、(意外と?)大多数の幸福を考えているのではないかと、私は感じています。1980年代初頭の同胞団騒ぎの時、父アサドは、同胞団も叩きましたが、世俗の過激派も活動禁止にしました。議論が沸騰しているときに、左右の両極端を切り捨て、中庸でまとめるというのは、基本的な政治手法です。
hibikan
2011年10月10日 23:55
平和な日本との対比については、私は帰国直前にドルの闇両替が厳しく取り締まられ、どこへ行っても両替できないという状態を突きつけられました。帰国準備にカネが要りますので、困った挙げ句、当時はまだ残っていたユダヤ人の大商人に泣きついて、両替してもらいました。相手は迷惑顔でした(苦笑)。もしまだ彼が生きているならば、今頃ニューヨークかイスラエルに移住しているのかな、と思います。

>>消極的なバース支持が続くのは
>>イスラエルの存在が大きいと思う

これは良いことに気付きましたね。シリアは、イスラエルのアンチテーゼです。米国がイスラエルを溺愛しながら、(軍事力を使わずに)シリアを壊そうとしても、無理がある。イスラエルが消滅するか、普通の国になれば、バアス主義が求心力を維持するのは難しくなるでしょう。経済的には、制裁ではなく、交流拡大が有効。経済発展すればするほど、社会は自由になり、多様な意見が表出する。それなのに、彼らは逆をやっている。

同じことはイスラエルについても言えると思います。イスラエルの右翼というか強硬派も、自らが存在し続けるためには敵が必要で、それがパレスチナであり、シリアである。周囲の全ての国と良好な関係が確立されたら、彼らの居場所はなくなると思います。
れみ
2011年10月16日 00:50
hibikanさま、お久しぶりです。
体調不良によりしばらく実家に引きこもっており、ネット環境から遠ざかっておりました。
質問をしていたにもかかわらず、御礼と感想が遅くなり申し訳ありません。

お返事ありがとうございます。
ムハーバラートなしでは、多様なバックグラウンドの人々の混住や共生はとても難しいのですね。
そういえば、彼らのような存在に社会主義を信奉する祖父が昔、目をつぶされたという学生に会いました。シリアでテロを企んでいたパレスチナの過激派を国内から追い出したのも彼らの成果だからいいところもあるんだけど、
などと前置きしながらも不満をぶーたら言っていたことを思い出しました。
・・・今思えば、なぜパレスチナの過激派がシリアで何かやらかそうとしたのでしょうか??
シリアとパレスチナの間にさえも何か確執が存在するのですか??
何はともあれ、欧米式の紋切り型の善悪の指標は、かの地ではどこまでも通用しないですね。
れみ
2011年10月16日 00:52
ムハーバラートなどが活躍し、極端な思想を排除することが、昔のレバノンの内戦ような殺し合いを回避しているともいえるのは、私にとって本当に新しい視点です。
ありがとうございます。1980年代初頭のシリアでの同胞団騒ぎについても調べてみますね^^
あと、近代国家が設立されるまえの中近東には、ムハーバラートのような存在はあったのでしょうか??
次々と質問をごめんなさい、、自分でも文献をあたってみますが、もしヒントなどあれば教えてください。

ぎょっとするような貧富の差はありながらも、意外と国民の大多数の幸福を考えているという視点、とても共感いたします。
住居の値段の高さの不満はよく耳にしましたが、贅沢しようと思えばきりがありませんし税金も大いにとられますが、節約しようと思えばどこまでもケチれそうですよね。
私にとってシリアには、国家のあり方について再考させられるような示唆に富んだ話題が溢れていて、興味が尽きません。
れみ
2011年10月16日 00:52

>>イスラエルの右翼というか強硬派も、自らが存在し続けるためには敵が必要で、それがパレスチナであり、シリアである。周囲の全ての国と良好な関係が確立されたら、彼らの居場所はなくなる
なるほど!!ではそれは、きっとアッバス議長にも当てはまるのかもしれないですね。
イスラエルパレスチナ問題が世代を超えて持ち越されて多くの人生に影響を与えていくことが悲しいです。
!!!
hibikanさまは一体おいくつなのでせうか(!?)
ユダヤ人の大商人がいたというのは中東戦争が始まる前の話なのでしょうか??そんな人がダマスカスでお仕事できる時代があったのですね。
当時はまた今とは異なる世界が広がっていたのでしょうか。妄想が膨らみます^^
いつもまとまりのない文章を失礼致します。。

hibikan
2011年10月21日 02:44
れみさん

お返事が遅れていてごめんなさい。数日中に書き込みます。
れみ
2011年10月22日 13:23
hibikanさま

お久しぶりです。
お気遣いありがとうございます。

いろいろと知らないことばかりですので、
こつこつと知識を蓄えて思考を成熟させていこうと思います。
ゆるりと待っておりますので、
ご負担にならない範囲でお願いいたします。
いつもありがとうございます。



hibikan
2011年10月23日 09:21
れみさん すっかりお待たせしてしまいました。

ムハーバラートのような仕組みはどの国にもあります。日本にもあります。シリアに限らず、途上国の治安組織は粗暴さがよく問題にされますが、日本でも戦前の特高は同じでした。彼らもサラリーマンで、仕事の実績で評価されるので、事件をでっち上げて罪のない人を処刑するというのは、古今東西を問わず、警察の中ではよくある話です。

要はやり方の問題で、シリアでも、今後は治安を取り締まるだけでなく、市民の悩みを受け止める組織に脱皮しようという動きが出ています。本当に実現できるかどうかまではわかりませんが(笑)。
http://www.sana.sy/eng/21/2011/10/21/376943.htm

パレスチナ人は1950~60年代、避難先の国(エジプト、ヨルダン、シリア、レバノン)を拠点にしてイスラエルをゲリラ攻撃を仕掛けていました。すると、イスラエルはこれらの国に反撃しますから、難民受け入れ国にとっては迷惑になります。理念としてはパレスチナを応援したいが、自国領内に爆弾が落ちるのは困るので、これら4ヶ国は、それぞれの方法でパレスチナ人を弾圧しました。1970年頃までにはほぼ決着が付きました。中央政府が弱く、ゲリラを押さえられないレバノンだけ、1982年のイスラエル侵攻(=アラファトのレバノン追放)までかかりました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Black_September_in_Jordan
hibikan
2011年10月23日 09:21
戦いたいが、戦わせてもらえないという心の葛藤。イスラエルに弾圧され、避難先のアラブ諸国にも粛正された。ですから、パレスチナ人とアラブ各国政府との間には、きれい事ではない複雑な感情が交錯しています。60~70年代は、そのような議論ばかりしていました。パレスチナ問題をどのように終わらせるかという話に切り替わったのは、後ろ盾のソ連が滅び、第1次湾岸戦争も終わった1992年からです。いわゆる中東和平国際会議。

シリアには、PFLP-GCやサーイカというグループがあります。PFLP-GCは子分の宿命で、昔から汚れ仕事をしています。サーイカは、ニュースにほとんど登場しないので正体不明ですが、私は現地人から、イスラエルと戦争するときに一番前で戦う(シリア人の代わりに最初に死ぬ)前線部隊だと聞きました。ゲリラ・グループというより、シリア軍の一部?よくわかりません。
http://hibikan.at.webry.info/201108/article_239.html

シリアのユダヤ人が脱出したのは、イスラエル建国時と、第1次湾岸戦争後の1990年代半ばだったかと記憶しています。それ以前は、ダマスカスに2千人くらい、アレッポに800人くらい、カミシリだったかに数十家族が残っていました。今でもごく少数が残っていると聞いています。

彼らは、国外に出国できないだけで、国内では普通に生活していました。統計書で宗派別人口の掲載を止め、IDカードに宗教を明記しないようにしたのは1967年だったか?忘れましたが、なにせ世俗主義ですから、ユダヤであることを表に出さず暮らせる環境が用意されました。
hibikan
2011年10月23日 09:22
例えば学校でも、宗教のテスト(イスラム教とキリスト教)は土曜に行い、ユダヤ人はさりげなく休む(ユダヤ教のテストは無い)。学校や政府の行事は、ユダヤ人が参加できるよう土曜日には行わないなど、配慮がなされていました。今でも変わっていないと思います。

ユダヤ教徒の出国禁止については、シリア国内の情報がイスラエルに漏洩するという政治的な懸念は、もちろんありますが、あちらの国は特定宗派が特定の職業と結びついているので、ユダヤだけ出国してしまうと、シリアから特定の職業が消滅し、シリア人が生活に困るという、せっぱ詰まった事情も大きかったのです。繊維関係の問屋は、ユダヤ教徒が多かったですね。

シナゴーグの信者席には、1967年に米国で出版された古い聖書が沢山置いてありました。国外から持ち込むことができた最後の年だったのでしょう。ユダヤ人学校(私学)の先生はユダヤ教徒に限定されておらず、いろんな宗派の先生がいました。
れみ
2011年10月27日 23:39
hibikanさま

23日にお返事くださっていたのに大変拝見するのが遅れ申し訳ありません!
今週はふるさとを脱藩し、就活で夜行バスを乗り継いで東京や大阪などで揉まれてきました><

hibikanさまの体調が優れないとの由を拝見し,動揺しました。
ゆっくりゆっくりされてください。
毎日あれほどの情報を探し出し、個人的にざっと見るだけではなく、言語化して記録しておくという営みは並大抵のことではないと想像します。
また、それに加え私の猛烈質問アタックなどにもひとつひとつ丁寧に対応してくださったことも結果的に少なからずご負担を加えてしまったかもしれません。
hibikanさまのブログよく早朝に更新をされておられる印象があり早起きの方だなと感じていたのですが、
朝日が昇るのをぼんやりと眺めてみたり、四国でまったりお魚や温泉、のどごし爽やかなおうどん、おミカンなどに舌鼓を打ってみられたりというのはいかがでしょう。
でも今は東京からなかなか動けないんですよね><
...どうかごゆるりとお身体とお話しながらご負担の少ない生活をお送りくださいませ。
いつか私もhibikanさまのようにお粗末でないシリアの情報を沢山UPできる人になりたいです。そのためにも英語とアラビア語・・・がんばります!
れみ
2011年10月27日 23:40
今回も細やかなご対応をありがとうございます。
どこにも秘密警察のような存在があるのですね。そういえば、大学の先生が小泉政権のときはそういった意味で暗黒時代でもあったなどとポロッといっていたのを思い出しました。
シリアで道端に座っている警察は、フレンドリーな人も結構いらっしゃいますよね。ニコニコ(ニタニタ)してホブズいるか?タファッダル!なんて薦められてもゴツイ銃が目に入って一刻も早く立ち去りたい思いに駆られていたものです><

パレスチナとアラブの国にはこのような歴史的背景が存在していたのですね。目から鱗です・・・それとレバノン内戦はつながっていることにも・・・。ヨルダン暗黒の9月のページも、拝見いたしました。そういえば、両親に本命のパレスチナ人の女性との結婚を反対されたけどアメリカ人とはOKだったという人がいました。あと、帰国間際に知り合ったパレスチナ人の同い年の子はヨルダン国籍だけど高校からシリアにきているといっていました。その背景については何だか突っ込みずらい雰囲気だったので、そのまま流していましたが、もしかしたらヨルダンではパレスチナの人がシリアよりも暮らしにくい現実があったりもするのでしょうか。。数少ないシリアの友人の中でアンマンの学校に通う子がいたので、質問してみようとおもいます。
れみ
2011年10月27日 23:40
!!!!ユダヤの人がこんなにも多くシリアにいたのですね、それについ最近まで!!!!
襲撃にあったりしなかったのでしょうか。風当たり悪そうなところによく湾岸戦争くらいまでいらしたものです。それもシリアだからなしえたことなのしょうか。国としては敵国だが、個人はそれに準じないという感じなのですかね。トルコはIDカードに宗教を記入する欄がまだあると聞きました。その点では、シリアの方が実質的な世俗化に着手しているともいえますね。マイノリティの人にさりげなく配慮をしているのですね。バグダット通り付近にある軍人の親を亡くした子弟たちの通う学校を教えてくれたときに、学校が成り立つほど戦いで亡くなる人がいという現実にショックを受けたことを思い出しました。それもそういった配慮のひとつなのでしょうね。
れみ
2011年10月27日 23:43
オールドダマスカスのショールやクッションケースを売っているおいさんは耳にした限りですが皆クルドの人でした。イチジク売りのおいさんなどもそうでしたが、クルドの人はオレはクルドだ!と自慢げに主張していることが印象的でした。
特定宗派が特定職業と結びついているということに衝撃を受けました。まだダマスカスが持ちこたえていたら来年の2月や3月に短期滞在してこようと思うのでそのときに意識して色々見聞きしてみます。なんてものごとを知らなすぎるままノー天気に滞在していたのかと愕然とした気持ちです。
hibikanさまのおかげで、現地で得た色々な断片的情報が線となってつながる瞬間を何度も経験して毎回感動しています。本当にありがとうございます。

hibikanさまの体調の回復を心より願っています。
シリアも待っていますしね!^^hibikanさまのような方を!
またちょこちょこ覗かせてください。
hibikan
2011年10月30日 22:48
れみさん

ご心配をおかけしてしまい、ごめんなさい。年を取ると身体のあちこちにガタがきていて、ときどき充電しないと続かないというだけで(苦笑)、決してれみさんが原因ではありませんので、どうぞお気になさらないようにお願いします。ブログは、様子を見ながら、少しずつアップしていければと考えています。

イスラエルがあんな感じの国なので、シリアのユダヤ教徒が「自分はユダヤ教徒」と名乗りながら町を歩くことはありませんが、近所の幼なじみみたいな感じで普通に仲良くしているネットワークはあります。

YMCAのような教会の青年向け施設に、ムスリムの子供も交じって遊んでいたり、神父様の事務所にムスリムの高校生2人が学校帰りに立ち寄ってお茶していたりといった光景が、ダマスカス・アレッポでは見受けられました。

来年の1~2月にまたダマスカスだなんて、うらやましいです!ちょうど国会選挙の時期ですから、新しい制度を利用してのし上がろうという野心ある勢力と、警戒して保守的な行動を取るグループが交錯します。体制が選挙妨害するか、放置プレーするかでも、結果が違ってくる。平時にはわからないシリア社会の裏側をかいま見るチャンスになります。

このような情報は、新聞では決して報道されず、大学の先生や外交官も知らない知識です。ぜひ現地で沢山見聞きしてくることです。れみさんが将来物事を考察するときの重要な基礎になります。
興奮気味な、れみ
2011年11月06日 22:02
hibikanさま!!
お久しぶりです。
秋をすっ飛ばして冬になりそうな勢いですね。
ブログがたくさん更新されておられて興奮中です・・・!
それに内容が刺激的すぎて、アップアップ状態です!
この一週間はシリア、大変な激動の時期だったのですね!

お返事本当にありがとうございます。
最近は互いの宗教や宗派を意識するようになって窮屈だ、といっていた友人の言葉を思い出しました。 もともとダマスカスの方は、そういった背景をさほど気にせず、深く踏み込まない範囲で共存していくのが上手な人たちなのかなあと感じました。

来年の1,2月は選挙があるのですね。興味がそそられます!
今度は、危険の伴わない範囲で、もっともっとダマスカスの人の中に入っていきたいと考えています。

どうにか体制がこのまま持ちこたえてくれるといいのですが・・・
また、コメント&質問どしどしさせてください。
これからもよろしくお願いいたします。

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