テーマ:在日プレイバック

北朝鮮へ渡るのは難しい(1953年)

詳しい事情は知りませんが、恐らく外交交渉をしていた韓国に対する遠慮が日本側にあったのと、北朝鮮側も(スパイ流入に対する警戒などで)積極的でなかったのではないかと勝手に想像しています。 16-衆-法務委員会-33号 昭和28年08月07日 ○岡田(春)委員 ・・・国交回復のできておらない中国との間において、この間からどんど…
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韓国に帰ると殺される(1953年)

16-衆-法務委員会-33号 昭和28年08月07日 ○岡田(春)委員 大村の関係ばかりではなくして、そのほか、岡崎の場合を合せても、全国全部十二箇所ですか、約千名以上の収容者の中で、相当数の者が朝鮮人民共和国の方に帰りたいという希望を持つているらしいのであります。ところが最近の情勢を見ると、この出入国管理令違反で韓国に帰されてお…
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密入国者に配慮していた日本(1953年)

16-衆-法務委員会-33号 昭和28年08月07日 ○田嶋委員 ・・・戦争中に疎開するために朝鮮に帰つた。そうして朝鮮はああいうふうな状態になつて、夫は内地におる。妻と子供を帰してその妻と子供はこちらに渡れないで密入国しておる。こういう事例も非常に多いようでありますが、こういうものはどういう取扱いをしておるのですか。 ○鈴…
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収容+強制送還の経費は年間2億円(1953年)

16-衆-法務委員会-33号 昭和28年08月07日 ○鈴木(一)政府委員 ・・・食費は全部国費でまかなつておるわけであります・・・強制送還に関します一切の費用は国費で負担しておりますので、大体現在におきまして、大村収容所に収容する経費、あるいは船を雇いまして行く経費、その他大局的に見まして二億円くらい使つておるのじやないかと思い…
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密入国の検挙数(1953 - 54年)

16-衆-法務委員会-33号 昭和28年08月07日 ○鈴木(一)政府委員 ・・・密入国の方は、これは大部分でございますが、大体毎日平均しまして十人程度は検挙いたしておるわけであります。月にしまして大体三百人程度はつかまえている。それが現行犯でございますれば、大体帰すことが建前でございますので、大村の収容所に一応収容いたしまして、…
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外国人にされた在日の取り扱い、韓国が引き取り拒否(1952年)

日本人が食うか食わずやのときに、在日に対しては優先的に生活保護を適用し、しかもそれを理由に強制送還はしないことを政府決定しています。なんと心が広いのでしょう。 ところが大韓民国は建国していきなり、自国民を棄民しました。対日外交の交渉材料として、自国民の人生をもてあそび始めました。 人を人として扱っていないのは、一体どちらの国…
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外国人登録における朝鮮と韓国の違い(1952年)

15-参-法務委員会-5号 昭和27年12月12日 ○政府委員(鈴木一君) ・・・昭和二十二年(注:1947年)に外国人の登録を始めました際に、日本におきましては韓国という言葉はその当時使つておりませんので、全部朝鮮ということで統一して、国籍欄に朝鮮の人は朝鮮と書くようにということでやつておつたのでございますが、二十五年(1950…
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密入国のルート(1952年)

15-参-法務委員会-5号 昭和27年12月12日 ○政府委員(鈴木一君) ・・・船の取締り、船員の上がり下りというようなことにつきまして万全であるということは申し上げられない残念な状態になつております。又不法入国、その一例を、今船員の点で、大きな船の船員に化けて入つて来るという点について申上げたのでありますが、そのほかの不法入国…
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国外追放者の一時収容所における食事(1952年)

長崎県大村収容所での話です。米国がいじわるして日本の貿易を制限し、日本中が飢えていたときに、2400kcalも食べていたんですか?当時の東京だったら、1日240kcal(1桁違います)という人も沢山いました。いやぁ、いいご身分ですなぁ。 15-参-法務委員会-5号 昭和27年12月12日 ○政府委員(鈴木一君) ・・・一…
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警察が弱体化、やりたい放題の朝鮮人(1948年)

2-参-治安及び地方制度委員会-10号 昭和23年04月26日 ○岡本愛祐君 ・・・(戦後、日本政府の体制が変えられてしまったので)警察の使命とも申すべき横の連絡、縦の連絡、そういうものが立切られてしまつて、・・・こういう不祥事が起つたときにこれを鎭壓することは非常に困難であります。・・・(新たに)自治體警察というものが發足した、…
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阪神教育事件に関する政府の分析(事件直後)(1948年)

2-参-治安及び地方制度・司法…-1号 昭和23年04月30日 ○国務大臣(鈴木義男君) (冒頭略)  今回の事件は、山口、岡山等の場合と同じく、政府の方針に基きまして、大阪府、兵庫縣知事が、朝鮮人だけで経営をし、朝鮮語を以て朝鮮人の子弟だけを教育する学校、日本の学校を借りて使つておるのでありまするが、初等教育、義務教育でありま…
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神戸事件(1948年)

2-参-治安及び地方制度委員会-10号 昭和23年04月26日 ○政府委員(溝淵増己君) 實は今度の兵庫、大阪、その他の府縣にも澤山朝鮮人が地方廳に對しましていろいろ抗議を申込んでおる事態であるのでございますが、それの原因はすでに御承知のように、文部省から本年の一月二十四日に朝鮮人だけの學校を閉鎖せよというような指令を出しまして、…
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大阪事件(1948年)

2-参-治安及び地方制度委員会-10号 昭和23年04月26日 ○政府委員(溝淵増己君) 次に大阪でありますが、大阪は二十三日であります。この日午後一時頃約一萬五千の朝鮮人、内、小學生が二千名程おつたのでありますが、府縣に押掛けまして、代表五十名が府知事に面會を申込みました、そうしてこの閉鎖命令の撤囘について抗議を申込んだのであり…
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犬山事件(1948年)

2-参-治安及び地方制度委員会-10号 昭和23年04月26日 ○委員長(吉川末次郎君) それでは短かく……。本月の八日に愛知縣の丹羽郡犬山町の地内、木曽川の畔におきまして、櫻の名所でありますが、犬山城の附近の木曾川堤の櫻を目物中の一日本人と朝鮮人が些細なことから口論を始めまして、これに端を發して附近に櫻見物中の日本人、朝鮮人が双…
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浜松事件(1948年)

(若い方には読みにくいかもしれません。旧字体と新字体の対照表がネット上にあります。) 出典はこの場合、「参議院、治安及び地方制度委員会の議事録」で、国会会議録検索システムで原文を入手できます。 2-参-治安及び地方制度委員会-10号 昭和23年04月26日  新聞等によりまして大體御承知のことと思うのでありますが、濱松…
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