【新刊紹介】最強在日ヤクザの生涯:竹中明洋著『殺しの柳川ー日韓戦後秘史』

「朴大統領が暗殺された後、日本は韓国の新軍部実権派と親しいルートを失う。」

日本の外交って、こういうの多いね。一人死んだだけでコンタクト先がゼロになってしまうというお粗末人脈の話。中東でも。外務省の予算は世界でもトップクラスなのに、毎日何やって過ごしているんだか。



【新刊紹介】最強在日ヤクザの生涯:竹中明洋著『殺しの柳川ー日韓戦後秘史』
9/17(火) 16:31配信
nippon.com
斉藤 勝久
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190917-00010005-nipponcom-soci

悪化する日韓関係だが、1970~80年代には「日韓両国は運命共同体」と信じ、橋渡し役を務めた「在日」がいた。武闘派の暴力団組長が、組を解散してヤクザの世界から足を洗ってからの後半生は、闇に埋もれた日韓戦後秘史だった。

日本名、柳川次郎は1923年に釜山で生まれ、7歳で海峡を渡り、大阪で在日韓国人として生きた。最盛期には1700人の組員を抱え、全国広域5大暴力団に指定された「柳川組」の組長となり、「殺しの柳川」という異名で恐れられた。

警察の集中取り締まりで69年、組は解散に追い込まれる。この本は、元NHK、週刊紙記者の著者が、45歳で堅気になってから91年に亡くなるまでの柳川の生涯を追いかけている。柳川の関係者から丹念に証言を集め、日韓の政治家が次々と実名で登場してくるのは、実に興味深い。

柳川が組の解散を決意したのは、在日の少女の新聞投書だと言っていた。「あなたのおかげで日本にいる韓国人の中には、はずかしい思いをしている人がいっぱいいる」とあったという。しかし、著者は「美談に過ぎる」と断じ、「韓国への強制送還を(警察などから)ちらつかされたため」という説を挙げている。

金大中事件で日韓関係に亀裂が入った翌年の74年に「日韓親善友愛会」を設立。半年後に、韓国政府の招待で44年ぶりに祖国を訪れた。無類のプロレス好きだった朴正煕大統領から直々に依頼を受けると、アントニオ猪木対金一(大木金太郎)の「因縁の韓日対決」を韓国で実現。テレビ視聴率はなんと90%を上回り、各地を回った韓国興行は大成功だった。柳川は猪木、金一とともに青瓦台に招かれ、大統領は柳川をハグして感謝の気持ちを伝えたという。

朴大統領が暗殺された後、日本は韓国の新軍部実権派と親しいルートを失う。柳川は両国を頻繁に行き来して、祖国との太いパイプを築き、韓国軍の情報機関と深く関わった。特に全斗煥大統領時代には、政権中枢にまで影響力が及ぶようになる

柳川はこれまで暴力的なイメージが強いので、日本人社会だけでなく在日社会からも白眼視されてきた。しかし、「日韓関係が柳川のような人物たちによって、水面下で支えられてきたことは事実である」と著者は最終章で記している。
【Profile】

斉藤 勝久 SAITO Katsuhisa
ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。

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