大原康男:大阪高裁、またもや奇妙な判決 靖国訴訟

【正論】国学院大学教授・大原康男 大阪高裁、またもや奇妙な判決
産経2010.12.29 02:27

 ◆法的利益なき原告の請求

 大阪高裁は21日に、「大阪靖国神社霊璽簿(れいじぼ)等抹消訴訟」で原告敗訴の控訴審判決を言い渡した。

 訴訟は、戦没者遺族の同意を得ることなく家族ないし親族が靖国神社に合祀(ごうし)されていることによって、彼らの「敬愛追慕の情を基軸とする人格権」が侵害され、「耐え難い精神的苦痛」を受けたとして、靖国神社に対し、合祀者の氏名を記載した「霊璽簿」などから当該家族・親族の氏名を抹消することを求めたものだ。同時に、長年にわたり合祀に協力してきた国は靖国神社の「共同行為者」だとして、両者が連帯して損害賠償するよう請求したもので、9人の遺族が平成18年8月に起こした。

 判決は、原告の請求をことごとく退けた昨年2月26日の大阪地裁判決をほぼ踏襲、原告が主張する「敬愛追慕する人格権」は「靖国神社の教義や宗教活動」に対する「個人的な不快感や嫌悪感を言葉を言い換えて言い表したものにすぎず、未だ、法的な保護に値する権利、利益とまでいうことはできない」との原則的立場に立つ。

 その上で、靖国神社も個人と同様「信教の自由、宗教活動の自由が等しく保障されている」ので、同神社による合祀やそれを継続する行為で原告の「権利又は利益が侵害されたことにはならず」、そうした「人格権」を「損害賠償や(合祀)差し止め請求の根拠となる法的利益と解するのは相当ではない」と明確な判断を示した。

 ◆一目瞭然の原告完全敗訴

 もう一つの争点である国の「共同行為性」について、合祀は「靖国神社の自律的な宗教行為」であり、「国の関与によっても、その自律性は失われていなかった」ので、「国家の宗教行為と同視することはできない」と否定。「霊璽簿」への氏名記載という靖国神社の行為で原告の「法的利益が侵害されたということはできない」以上、国の行為によって原告の「信教の自由が侵害され、その法的利益が侵害されたということもできない」と結論付けたのである。

 原告の全面敗訴は一目瞭然であり、極めて妥当な判断である。

 ところが、困ったことに、1審とは違って、判決理由に不必要な見解が加えられたがために、無用の混乱を惹起(じゃっき)してしまった。

 それは、判決が国は「靖国神社の行う合祀という宗教行為そのものを援助、助長し、これに影響を与える行為を行っていた」とし、これを「政教分離違反の行為」であると示唆したところにある。

 この部分を取り上げて、原告側は得たり顔で、「国の行為を政教分離原則違反と判断したことは一つの成果」と声高にコメントし、マスメディアがまた、大きく報じたものだから、肝心の「本件各控訴をいずれも棄却する」という主文が霞(かす)んでしまったのである。

 端的にいえば、そもそも靖国神社や国の行為が原告の主張する、法的利益を侵害したことにはならないという主文の論拠を導くために、国の協力行為に関し憲法判断をする必要などさらさらない。

 ◆違憲示唆の傍論が独り歩き

 こうした判決の結論とは関係ない裁判所の見解を一般に「傍論」と呼ぶ。傍論は判例としての効力はなく、今話題の言葉を使えば、法的には裁判官の「独り言(ツイッター)」にすぎないが、それが「独り歩き」して、政治的、社会的にさまざまな影響を及ぼすことがこれまで少なからずあり、これを慎むべきだとする考えは法曹界に根強くある。

 というのは、原告側は主文で敗訴しながらも、傍論で「違憲」ないし「違憲の疑い」という見解が出されたことを"実質勝訴"と捉えて上訴せず、他方、被告側は判決理由の一部を不服として上訴したくとも、勝訴ゆえにできず、そのまま訴訟が終了してしまう"ねじれ判決"が、三審制を基礎とする現行の違憲審査制度を根本から揺るがして久しいからである。

 今回は、傍論が原告に対する中途半端なリップサービスにとどまったこともあってか、原告側もさすがに、"実質勝訴"とまで称揚することもできず、早々と上告を決めたが、本判決が司法の宿疾を再発させたことは否めない。

 実をいえば、このように主文で原告を敗訴としながら、それとは直接、関係のない傍論で「違憲」の判断を示した高裁判決は過去に6件もあり、そのうち4件までが大阪高裁で言い渡されている。

 ご記憶の方もあると思う。中曽根康弘首相の靖国神社参拝に対する「大阪中曽根首相靖国神社参拝訴訟」(平成4年 高裁判決)、平成2年秋に行われた即位の礼・大嘗祭(だいじょうさい)に国費が支出されたことに対する「大阪即位の礼・大嘗祭訴訟」(平成7年 高裁判決)、宮中新嘗祭(にいなめさい)への有志農民の献穀を地方自治体が支援したことに対する「滋賀県新嘗祭献穀行事訴訟」(平成10年 高裁判決)、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に対する「大阪小泉首相靖国神社参拝訴訟」(平成17年 高裁判決)である(いずれも上告取りやめ)。

 今回の判決は、その"輝かしい"実績をまた一つ積み重ねたのである。大阪高裁には、こんな奇妙な司法風土があるのだろうか。(おおはら やすお)

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