木村汎:国後訪問誘った民主政権の甘さ
文末に、日本は狼狽せず待っていれば、日本のカネを求めてロシアの側から擦り寄ってくる、と書いてあるが、状況は以前と全く異なるので、そう単純な話にはならないだろう。
原油価格は高値($70~90/b)で推移しており、今後も大きく崩れる見通しはない。油価がこの水準であれば、ロシアは日本のカネなど必要としない。もちろん、広大な国で極東地区への手当ては後回しになりがちだから、日本が資金供与するなら受け取るだろうが、領土交渉まで動かせるとは思えない。
前にも書いたが、今から思えば1990年代前半のムネオの時代が最適のタイミングだった。ロシア軍は崩壊していたから、自衛隊が攻めたら、抵抗を受けずに占領できていたかもしれないくらいだ(通常兵器なしで、原爆だけで国土を守っていたようなもの)。軍人が、給料は長期間未払いだし食べ物も全くないといって、各自で海辺に行き釣りをしていた。しかし、ロシアの国力が史上最低だったあの時でさえ、ムネオ外交はカネを配っただけで終わった。
【正論】北大名誉教授・木村汎 国後訪問誘った民主政権の甘さ
産経2010.11.2 02:57
ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の国後(くなしり)島を訪れた。ソ連、新生ロシアの別を問わず国家首脳としては初の事例だ。これにより日露関係は重大局面を迎えた。今訪問の背景や狙い、日本側がとるべき対応について考える。
≪「プーチン戦略」の一環 ≫
プーチン首相(前大統領)は、ゴルバチョフ、エリツィン両元大統領のアンチテーゼである。ロシア国民は、2人の元大統領の疾風怒濤(しっぷうどとう)のごときペレストロイカ(立て直し)や改革で混乱と貧困の極致に投げ込まれたと考え、安定と秩序を希求した。国民の輿望(よぼう)を担って登場したプーチン氏は、これまで一貫してゴルバチョフ、エリツィン両氏の「負(?)の遺産」を清算しようと試みてきた。
この一般論は、プーチン氏の対日戦略にも当てはまる。ゴルバチョフ、エリツィン両氏は、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)、国後、択捉(えとろふ)の4島を日露領土交渉の対象地域とし、ビザなし交流を始めた。この先例を何とか撤回し、歯舞、色丹の2島ぽっきり返還で領土紛争に終止符を打ちたい。これが、プーチン氏の対日戦略の要諦である。だが、自民党政権が4島一括返還の姿勢を崩さなかったため、さすがのプーチン氏もつけ込む隙(すき)を見出し得なかった。プーチン氏は大統領時代、北方領土訪問という切り札を用いる機会にも恵まれなかった。
ところが、自民党政権の末期ごろから、一部の日本の政治家、高官たちは4島一括返還要求に乱れを見せるようになった。麻生太郎元首相やその外交顧問の「面積2等分」論は、その一例である。
≪菅首相、対露交渉に無関心?≫
日本に民主党政権が誕生したことは、虎視眈眈(たんたん)とチャンス到来を待っていたプーチン=メドベージェフ双頭体制に絶好機をつくり出した。鳩山由紀夫前首相は「就任後半年か1年以内に領土問題を解決する」と、交渉に自ら期限を設ける愚を犯した。日本が対露、対中外交を進めるに当たって貴重な援軍として期待すべき米国との関係にも、普天間問題、その他により亀裂を走らせてしまった。
その鳩山前首相の対露方針を引き継ぐ、と菅直人首相はカナダでのメドベージェフ大統領との初会談で宣言した(今年6月26日)。鳩山氏がわずか3日前、北海道新聞とのインタビューで、「首相在任中にし残した対露領土交渉では、まず2島プラス・アルファを主張してゆく」と語ったのを承知の上で、そう言明したのである。
その後も、菅首相は、鳩山氏を自身の代理として、ヤロスラブリ国際会議へ送ってメドべージェフ大統領との会談を行わせる(9月10日)など、自らは対露交渉に無関心な姿勢をとり続けた。
そうした民主党幹部の言動を見て、メドベージェフ大統領は対日牽制(けんせい)の揺さぶりをかけ続けた。択捉島での軍事演習、事実上、対日戦勝を記念する「第二次大戦記念日」の制定、胡錦濤・中国国家主席との日本軍国主義批判…等々。とりわけ、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件発生時に、菅首相、仙谷由人官房長官が露(あら)わにした国家主権、領土に対する認識の甘さを目の当たりにして、同大統領は今こそ北方領土訪問決行のチャンス到来と判断したに違いない。
≪どんと構え4島の旗降ろすな≫
ロシア最高指導者による国後島訪問の意味は、象徴的にも実質的にも大きい。それは、仮に歯舞、色丹の2島を日ソ共同宣言に基づいて日本側に引き渡すことには同意するにしても、国後、択捉は絶対に返還しないとの意思表示に他ならない。日本側にとり最も都合のいい解釈をしてみても、せいぜい2島プラス・アルファで妥協しようというメッセージである。
もとより、日本がこんなシグナルを受け入れる必要は毛頭ない。これまで通り、4島返還を要求し続ければよい。その意味では、此度の国後訪問に過剰反応することは望ましくなく、そうすればロシアの思う壺であろう。
一方で、メドベージェフ氏は早晩、レイムダックになる運命の指導者であり、大騒ぎする必要はない、ということにはならない。同氏は確かに、2012年にはプーチン氏に取って代わられるかもしれない。だが、メドベージェフ氏の国後訪問はプーチン氏の黙認を得ているのみならず、同氏の差し金とすら解釈される。両氏は所詮(しょせん)、同じ穴の狢(むじな)であり、双頭体制の形成者なのである。
日本の対応としてとりわけ念頭に置くべきは、今後のロシアの動向である。あえて単純化して言うと、自国経済の近代化と中国の脅威の増大-の2つが、ロシアの最大の関心事となる。
双頭体制が協力を要請中の"近代化同盟"の候補国の中から日本は漏れてはいる。その理由はしかし、簡単だ。喉(のど)から手が出るほど日本の協力が欲しいものの、それを明示すると日本側の領土返還運動を勢いづかせることを恐れているのである。欧米諸国からの対露協力に限界があることが分かり次第、ロシアは早晩、日本にもすり寄ってくる。それまで、日本はどっしりと構え、4島一括返還の旗印を決して降ろしてはならぬ。(きむら ひろし)
原油価格は高値($70~90/b)で推移しており、今後も大きく崩れる見通しはない。油価がこの水準であれば、ロシアは日本のカネなど必要としない。もちろん、広大な国で極東地区への手当ては後回しになりがちだから、日本が資金供与するなら受け取るだろうが、領土交渉まで動かせるとは思えない。
前にも書いたが、今から思えば1990年代前半のムネオの時代が最適のタイミングだった。ロシア軍は崩壊していたから、自衛隊が攻めたら、抵抗を受けずに占領できていたかもしれないくらいだ(通常兵器なしで、原爆だけで国土を守っていたようなもの)。軍人が、給料は長期間未払いだし食べ物も全くないといって、各自で海辺に行き釣りをしていた。しかし、ロシアの国力が史上最低だったあの時でさえ、ムネオ外交はカネを配っただけで終わった。
【正論】北大名誉教授・木村汎 国後訪問誘った民主政権の甘さ
産経2010.11.2 02:57
ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の国後(くなしり)島を訪れた。ソ連、新生ロシアの別を問わず国家首脳としては初の事例だ。これにより日露関係は重大局面を迎えた。今訪問の背景や狙い、日本側がとるべき対応について考える。
≪「プーチン戦略」の一環 ≫
プーチン首相(前大統領)は、ゴルバチョフ、エリツィン両元大統領のアンチテーゼである。ロシア国民は、2人の元大統領の疾風怒濤(しっぷうどとう)のごときペレストロイカ(立て直し)や改革で混乱と貧困の極致に投げ込まれたと考え、安定と秩序を希求した。国民の輿望(よぼう)を担って登場したプーチン氏は、これまで一貫してゴルバチョフ、エリツィン両氏の「負(?)の遺産」を清算しようと試みてきた。
この一般論は、プーチン氏の対日戦略にも当てはまる。ゴルバチョフ、エリツィン両氏は、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)、国後、択捉(えとろふ)の4島を日露領土交渉の対象地域とし、ビザなし交流を始めた。この先例を何とか撤回し、歯舞、色丹の2島ぽっきり返還で領土紛争に終止符を打ちたい。これが、プーチン氏の対日戦略の要諦である。だが、自民党政権が4島一括返還の姿勢を崩さなかったため、さすがのプーチン氏もつけ込む隙(すき)を見出し得なかった。プーチン氏は大統領時代、北方領土訪問という切り札を用いる機会にも恵まれなかった。
ところが、自民党政権の末期ごろから、一部の日本の政治家、高官たちは4島一括返還要求に乱れを見せるようになった。麻生太郎元首相やその外交顧問の「面積2等分」論は、その一例である。
≪菅首相、対露交渉に無関心?≫
日本に民主党政権が誕生したことは、虎視眈眈(たんたん)とチャンス到来を待っていたプーチン=メドベージェフ双頭体制に絶好機をつくり出した。鳩山由紀夫前首相は「就任後半年か1年以内に領土問題を解決する」と、交渉に自ら期限を設ける愚を犯した。日本が対露、対中外交を進めるに当たって貴重な援軍として期待すべき米国との関係にも、普天間問題、その他により亀裂を走らせてしまった。
その鳩山前首相の対露方針を引き継ぐ、と菅直人首相はカナダでのメドベージェフ大統領との初会談で宣言した(今年6月26日)。鳩山氏がわずか3日前、北海道新聞とのインタビューで、「首相在任中にし残した対露領土交渉では、まず2島プラス・アルファを主張してゆく」と語ったのを承知の上で、そう言明したのである。
その後も、菅首相は、鳩山氏を自身の代理として、ヤロスラブリ国際会議へ送ってメドべージェフ大統領との会談を行わせる(9月10日)など、自らは対露交渉に無関心な姿勢をとり続けた。
そうした民主党幹部の言動を見て、メドベージェフ大統領は対日牽制(けんせい)の揺さぶりをかけ続けた。択捉島での軍事演習、事実上、対日戦勝を記念する「第二次大戦記念日」の制定、胡錦濤・中国国家主席との日本軍国主義批判…等々。とりわけ、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件発生時に、菅首相、仙谷由人官房長官が露(あら)わにした国家主権、領土に対する認識の甘さを目の当たりにして、同大統領は今こそ北方領土訪問決行のチャンス到来と判断したに違いない。
≪どんと構え4島の旗降ろすな≫
ロシア最高指導者による国後島訪問の意味は、象徴的にも実質的にも大きい。それは、仮に歯舞、色丹の2島を日ソ共同宣言に基づいて日本側に引き渡すことには同意するにしても、国後、択捉は絶対に返還しないとの意思表示に他ならない。日本側にとり最も都合のいい解釈をしてみても、せいぜい2島プラス・アルファで妥協しようというメッセージである。
もとより、日本がこんなシグナルを受け入れる必要は毛頭ない。これまで通り、4島返還を要求し続ければよい。その意味では、此度の国後訪問に過剰反応することは望ましくなく、そうすればロシアの思う壺であろう。
一方で、メドベージェフ氏は早晩、レイムダックになる運命の指導者であり、大騒ぎする必要はない、ということにはならない。同氏は確かに、2012年にはプーチン氏に取って代わられるかもしれない。だが、メドベージェフ氏の国後訪問はプーチン氏の黙認を得ているのみならず、同氏の差し金とすら解釈される。両氏は所詮(しょせん)、同じ穴の狢(むじな)であり、双頭体制の形成者なのである。
日本の対応としてとりわけ念頭に置くべきは、今後のロシアの動向である。あえて単純化して言うと、自国経済の近代化と中国の脅威の増大-の2つが、ロシアの最大の関心事となる。
双頭体制が協力を要請中の"近代化同盟"の候補国の中から日本は漏れてはいる。その理由はしかし、簡単だ。喉(のど)から手が出るほど日本の協力が欲しいものの、それを明示すると日本側の領土返還運動を勢いづかせることを恐れているのである。欧米諸国からの対露協力に限界があることが分かり次第、ロシアは早晩、日本にもすり寄ってくる。それまで、日本はどっしりと構え、4島一括返還の旗印を決して降ろしてはならぬ。(きむら ひろし)
この記事へのコメント
前原外相の対抗策は無いよりはましであるが、甘すぎて、話にならない。
北朝鮮に対する制裁を上回る制裁をロシアに対しても実施すべき。
泥棒メドベージェフは北朝鮮の金正日より腹黒でたちが悪い。
モスクワの領土泥棒メドベージェフを標的にしたミサイルを北海道に配備することが必要。
核弾頭を搭載するのが望ましい。核は使用するのではなく交渉のカードとする。