国外追放者の一時収容所における食事(1952年)

長崎県大村収容所での話です。米国がいじわるして日本の貿易を制限し、日本中が飢えていたときに、2400kcalも食べていたんですか?当時の東京だったら、1日240kcal(1桁違います)という人も沢山いました。いやぁ、いいご身分ですなぁ。



15-参-法務委員会-5号 昭和27年12月12日

○政府委員(鈴木一君) ・・・一日米麦五百グラム、主食だけで五百グラム、そのほかに副食物を入れまして、カロリーといたしましては二千四百カロリーを上廻るような食事をいたしております。寝具等につきましては毛布一人当り八枚ずつを給与いたしております。これは一遍御覧願いますればおわかりと存じますが、食事その他につきましてむしろ我々の仲間でございます警備官などよりもいい食事を現実には受けておるというようなことでございまして、

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