阪神教育事件に関する政府の分析(事件直後)(1948年)

2-参-治安及び地方制度・司法…-1号 昭和23年04月30日

○国務大臣(鈴木義男君) (冒頭略)
 今回の事件は、山口、岡山等の場合と同じく、政府の方針に基きまして、大阪府、兵庫縣知事が、朝鮮人だけで経営をし、朝鮮語を以て朝鮮人の子弟だけを教育する学校、日本の学校を借りて使つておるのでありまするが、初等教育、義務教育でありますが、その教育をその府縣内に許しておくことは適当でないというので、すべて日本の教育基本法に則る教育に改めまするために、朝鮮人の学校に閉鎖を命じ、それぞれの校舎の管理をそれぞれの自治体に委ね、朝鮮人も入学せしめ、朝鮮語による教育を欲するならば、課外においてそれをなすべきことを要請いたしましたところ、朝鮮人諸君はこれを不当として、この命令に服することを拒み、多衆の威力によつて、各知事らをしてこの命令を撤回せしめようとして起つたことであります。

 そもそも終戦後、朝鮮人は第三國人となつたのでありますから、政府はしばしば声明を発して占領軍最高司令官の指令に基き、朝鮮に帰るものは喜んで便宜を供興する。帰つて頂きたい。併しいろいろの事情で帰ることができない、又は帰ることを欲せざるために日本に残るものは、日本國法に從つてその義務を盡すことを條件として、健全なる生活を営むことを許しておるわけであります。然るに朝鮮人諸君の中には、必ずしも日本の法律に服從する義務はない、というような考え方を持つておる人が少くないようでありまして、今回のようなことが起りましたことは、誠に政府としては遺憾に存じておる次第であります。現地についていろいろ承りましたところが、可なりその運動というものが組織的であり計画的であつたことに、実は驚いたのであります。相当の別意を以ちまして、そうしてそれぞれ神戸において大阪において或いはその他の地域におきましても、継続的に同一種の運動が行われる予定であつたのであります。大阪の方面におきましては、夙にそういう方面の情報を入手いたしておりましたので、警察その他が万全の策を講じましたために、比較的不都合な結果に到達しないで済んだのありますが、神戸におきましては当局者に若干の油断があつたことと相俟ちまして、御承知のような知事、検事正、市長その他が数時間に亘りまして監禁をせられ、速に閉鎖命令の撤回をし、拘留中の被疑者を釈放するの止むなきに至つたというような不祥事件が発生いたしたわけであります。便宜神戸の状況を先に申上げまして、大阪の状況を後にいたしたいと思います。四月十日……その前にいろいろな経緯があるのでありますが、どうしても任意に学校を明渡さないので、遂に兵庫縣知事は四月十日に至りまして、十二日を限つて学校の閉鎖を命じ、学校の返還を命じたのであります。然るに朝鮮人の諸君はこの命令に服さすして、四月十五日にこの命令を撤回すべく迫りまして、沢山の朝鮮人が大挙して縣聴を訪れ、知事室副知事室を占拠いたししまして、いわゆる強談威迫を加えたのであります。知事も副知事もおらなかつたために、七十名程の朝鮮人は副知事の部屋に留まりまして、夜を徹して退去しなかつたのであります。そこで検察当局は住居侵入である、要求せられて退去しないのであるから不退去であるということで七十名を検挙いたしまして、そのうち六十五名を勾留に付したのであります。それで返して呉れません学校は、これを強制的に神戸市の管理に移さなければなりませんのに求めました結果、裁判所の許容するところとなりまして、執達吏がこの占有を移轉せしむべく四月二十三日二宮、稗田、神楽の三小学校に赴いたのであります。いずれの学校でも朝鮮が占拠いたしておりまして容易に執行ができないであろうということを予想いたしましたために、二宮、稗山の両小学校に参りますときには、警官を百五十人ほど連れて参りまして、これは幸い執行を完了することができたのであります。神樂小学校に参りました時には、すでに沢山の朝鮮人が占拠しておるという情報を得ておりましたので、警官を特に二百人に増員いたしまして、これを伴つて、執行に参つたのでありまするが、千二百人からの朝鮮人がおりまして中に入れさせないということから、遂に執行をすることができずして帰つて参つたわけであります。尚ここに不幸平なことは、山口、岡山においても同じようなことがありまして、山口でも十時間ほど坐り込み戰術をやり、岡山におきましても六時間ほど坐り込み戰術をやつた結果、實際は撤回したのではないのでありますが、暫く猶予するというような結果が得られましたために、山口や岡山では成功したという流説が朝鮮人諸君の間に傳わつておつたようであるのであります。そこで十分に粘るならば成功するという予想の下に、大阪、神戸等においては計画がなされたのではないかと思われるのであります。相当物情騒然としておりまして、なにかあるという氣配にあつたのでありますから、警察といたしましては十分にこれらについて対策なり、用意なりがあるべきであつたと思うのでありますが、神戸におきましてはその点について十分の準備がなかつたということは、今日から考えて遺憾に考えられるのであります。尚執行が不能に終りましたので、今後の対策をどうしようかということで、四月二十四日午前九時半から縣廳の三階西南隅の知事室において、岸田兵庫縣知事、吉川副知事、井手國家警察の警察長、三宅警備部長、堀教育部長、中田視学、小寺市長、関助役、古山市警察局長、安田秘書課長、小山保安部長、村上警備課長、田村公安委員、田中渉外局の事務局長、それから檢察廳から市丸槍事正、田辺次席檢事、この十六名が集まりまして、この仮処分が執行不能に終つたことについて、更に強行すべきであるか、或いは若干延期して形勢を見るべきであるかというようなことについて協議をいたし、尚二十六日には数万人のデモンストレーションを行うという噂でありますから、それに対してどういう対策を講ずべきかというような協議をいたしたのであります。これは正確な証拠はまだ挙らないのでありますが、これらの兵庫縣の要人は、縣廳内の一室に集まりましたことを、内部から通報した者があるかの如く、午前十時中頃から三々五々朝鮮人諸君が段々縣廳の周りに集まつて参りまして、二、三百名に達しまするや、一度にこの三階の知事室を目掛けて上つて参りまして、先進部隊は知事室に入る、それからその他の諸君は皆廊下に坐り込むというような行動に出たわけであります。尚入口を朝鮮人諸君が塞ぎまして外の者を入れさせないようにいたしたのであります。最初知事室におきましては、戸を閉めてこれらの群衆を入れないように努力いたしておつたのでありまするが、体当りを以てドアーを蹴る、破るというようなことで、暫くの間は揉み合つておつたのでありますが、遂に中に入つて來ることになつた。知事室と控えの間と二つありまして、控えの間との間に又戸があるのでありますが、その戸を破り同時に壁が比較的脆弱にできておりましたために、その壁を破壊いたしまして穴をあけ、そして皆その穴を通つて知事室になだれ込んだのであります。先ず問答等を始めまする前に、電話機を……、三台ありましたが、線を切断してこれを床の上に投げる。それから知事の机はガラスが張つてありましたが、これを滅茶苦茶に壊す、それから机、椅子すべてそういうものを乱暴に壊しまして、そうして然る後命令の撤回の談判を始めたわけであります。その間縣廳の外部には刻々朝鮮人諸君が集つて参りまして、数千の朝鮮人諸君が縣廳を取巻いて示威をするということになり、中ではそれらの人々が知事、その他と交渉を進めておる、こういうことになつたのでありまして、要するに要求は簡單でありまして、命令を撤回せよということであります。日本は三十数年前に朝鮮を併合し、あらゆる圧迫を我々に加えた、そうして今や戰爭に負けて、我々が独立國となり、第三國人として自分の欲する生活を営もうとしておるときに、再び帝國主義を復活せしめて、日本の教育の下に我々の子弟を復せしめんとするがごときは、到底許すことができないのだというのが主たる論拠でありまして、繰返し、繰返しそういうことを申して撤回を迫つたそうであります。それで事の急なるを聞きまして、神戸憲兵隊のクルップ大尉が下士官二名を伴いまして、日本人の警察官はどうしても入ろうとしましたが入れなかつたので、ありまして。止むを得ず進駐軍のMPならば入ることができようというので入つて参りまして知事の救援に來て呉れたのであります。数時間を経た後だそうであります。その部屋の中におりまする朝鮮人諸君に退去すべきことを命じたのであるが、聞かない。それでクルップ大尉及び下士官はピストルを向けて撃つぞということを申して威嚇いたしました。ところが朝鮮人諸君は、胸を拡げて、撃て、撃つならば撃て、我々は生命などを惜んで來ておるのじやないのだ。初めから生命を投げ出して來ておるのだから、撃つならば撃てというので、こういうことで迫られました爲に、クルップ大尉もそこで僅かの彈丸を発射いたしましても問題は解決しない、より大きな力を借りなければ相成らんということで、一度そこを退去されたそうであります。神戸地区の憲兵司令官はメノファーという准将が神戸地区の最高司令官であるのでありますが、丁度京都に出張して留守であつたのだそうであります。そのために臨機の処置を取ることができなかつた。それが一つは不幸なる事態を起すに至つた理由でもあるのでありまするが、次に外部からは急援が來ない。どうも非常に形勢が險悪である。このまま継続して行くならば、どういう乱暴を働くかもわからないという、この窮状に恐れられたと思うのでありますが、遂に午後五時頃になりまして、知事はそれじや撤回するということを申すことに相成つたのであります。それならば、それを認めろというようなことから書面に認めてこれを手交する、命令を撤回した以上はこの犠牲となつて刑務所に勾留せられている我々の同志は、当然釈放せられるものと信ずるから釈放せよということを檢檢事正に迫つたわけであります。檢事正は知事と協議の結果、すでに閉鎖命令が撤回せられました以上は、彼らを勾留した起訴事実がなくなつたわけでありますから、そこで釈放することも止むを得ないであろう。こういう趣旨の下に釈放指揮に署名するということになりまして、席におりました田辺檢事がその指揮書を持つて、朝鮮人に護衛せられて裁判所に参りまして、釈放の指揮を終り六十五名が釈放されたのであります。その報告を朝鮮人諸君が受けまするや、次いで本日ここでやつた暴行については一切処罰しないという一札を入れろということで、これも大分長い間押問答した末でありまするが、事態止むを得ざるものと考えてその一札を渡しまして、それで朝鮮人諸君が引揚げて行つた。こういうこととになつたのであります。

 もつと当時の状況を写実的に申上げなければ御了解を頂くことはむずかしいと思うのでありまするが、私も傳聞でありまするから、間違いがあつては恐縮でありますから、それは申しませんが、要するに非常に急迫した状態にあつた。何人をあの地位に置いても、どうもあれは外部から急速に救援が來るということが予定されたい以上は、どうも止むを得ない。部屋も非常に悪いのでありまして、大阪の副知事は、会談三時間半の後裏のドアーの方から抜けて脱出したのであります。それでこういうことに至らずに済んだのすでありまするが、兵庫縣知事の部屋は丁度行き止りで袋の鼠のようなものでありまして、脱出するのに窓から路上に梯子か何かで下りるより外方法がないのでありまして、結局かくのごとき結果は、いろいろ後から申しますれば残念に思える点もありまするが止むをなかつたと了解されるのであります。それでメノファー司令官は夕刻遅くお帰りになりまして、それでこの事件の概夢を知られて、非常に驚いて第八軍司令部と連絡の上断乎たる処置をとるということに相成りまして、知事、檢事正等を夜十一時頃招集をされまして、事態かくのごとくなつた以上非常事態の宣言を行う、一種の戒厳に近い態度をとる。そうして本日暴行をした者、デモを行つた者は一齋に檢挙するから助力せよ、こういう御命令で、それと前後して知事及び檢事正は、自分が先に行なつた意思表示は強迫に基くものであるから、当然無効なものであつて、閉鎖は存続しているものである。拘留も解かれたものではない、出た者は引戻すがらしてさよう心得よということを宣言いたしたのであります。尚翌日文書に認めてこのことを明かにいたしておるのであります。この件につきましてはいろいろ遺憾な点がありましたが、事前に警備が不十分であつたという点はこれを認めざるを得ないと思うのでありまして、又当日騒ぎが起りまして朝鮮人諸君がスクラムを組んで、非常な厳重な交通遮断で中に入ることができなかつたとはいえ、何らかの方法を盡しまするならば、市の警察幹部は皆監禁された方に入つておつたのでありますから、市の警察区の分は來なかつたといたしましても、國家地方警察は筋向いにあるのでありましてその警察長等はもう少し何らかの手段を講ずることができたのではないかということを感ずるのであります。尚知事のとりました態度も決して褒めるわけにいかんと思いまするが、事情止むを得なかつた。多少非難すべきものがありましても、これは政府といたしましては、政府の命令に服せざる知事に対して罷免権を行使することができまするけれども、懲戒を加えるという権限は現行法にはないのであります。これは兵庫縣における問題としてお取扱を願うよりほかにないのであります。又檢事正がかくのごとき指揮をいたしましたことにつきましては、これ亦十分に批判せらるべき余地がありまするので、政府としては適当な処置をとるつもりであります。

 その後私がおりまする時までには千百何名かを檢挙いたしまして、その中、デモに参加しなかつたというような者は帰しまして、八百余名を留置いたしておつたのでありまするが、その後全部で檢挙した者千六百余名ということに相成つております。現地司令官のお話によりますると、事態の重き者は軍で直接に軍事裁判に付して裁く、事案の軽き者は、言葉の関係もあり数も非常に多いのであるから、日本の裁判所に引渡すからして、日本の檢察廳並に裁判所において敏速に処理すべきことを命ぜられておるのであります。判事檢事等を増員いたしまして適当に裁判を促進する予定であります。

 それから大阪の方は、同じ要求によりまして、二十三日に零時三十分頃から知事室において、知事が不在でありましたために、大塚副知事が濱田学務課長と、朝鮮人代表者三十数名と会見することになりまして、激しい論争が続けられたのでありますが、これは外部におけるいろいろなアジ演説、或いはいろいろ行動と混乱に陥つたのでありまして、結局数時開議論を続けましたが、解決に至らないで交渉は物別れと相成りましたので、四時半頃副知事は裏のドアーから脱出いたしまして、そうしてずつと別な方面から密かに、縣廳を脱出したのであります。そのことが分りまして、副知事を逃がしたということから、仲間の間に紛争が起りまして、いろいろ混乱を惹き起したのでありまするが、結局警察が善処いたしましたために、この日は大体多少の怪我人を出したという、程度で、約二千名程集まつておりました群衆を解散せしむることに成功したのであります。然るに二十五日に再び同一の要求を提げて、坐り込み戰術をやるということに相成りまして、今度は三ケ所に大会を開いて、そうしてそれぞれ激励演説等がありまして、総数約二万名が大手前の公園に集まることになつたのであります。これは……無論二、三日前からそれぞれ準備に着手して、戸別訪問のようなことをやりまして狩出しを行なつて、できるだけこのデモに参加するように勧誘したらしいのでありまするが、或いは米、金等を供出せしめまして、遠くから来た同志に対する食糧とし、旅費とするというようなことも行われたということであります。半分以上は学童、婦女子であつたということでありまするから、それぞれ狩出しによつて出て來たということが想像されるのであります。それで警察が得た情報によりますると、前の晩朝鮮人連盟大阪支部において、翌日の運動方針についてはできるだけ合法的にへたり込み戰術だけでやれという一派と、警察或いは進駐軍と誰も若し彈圧を加えるならば。敢然これに抵抗して、死を賭して斗うべしという一派とがありまして、相当夜を徹して議論は紛糾したようでありまするが、結局結論に到達せずして大会に臨んだというふうに報告されておるのであります。各会場におきまして、それぞれ激励の演説等がありまして、ここにその傍聽した者の記録がありまするが、一々申上げることは如何かと思いまするので、一つ二つだけ代表的なものを読み上げることにいたしまするが、日本共産党の河上貫一君は、これは大手前公園における激励演説の一節でありまするが、「朝鮮人教育問題は、朝鮮人を奴隷化するものであり、働く人民大衆を無知に追込まんとする支配階級の陰謀である。これが芦田内閣の性格である。この鬪爭に負けたら、更に大なる彈圧が続くであろう。学校閉鎖は、單に教育問題ではなく、民族鬪爭であり、階級鬪爭である。この重大意義を認識して、強力に鬪爭して貰いたい」。というような演説をいたしましたり、或いは、まあ大体朝鮮人学校閉鎖は、日本帝國主義の再現であるという演説が繰返し行われたのであります。生野支部の大会――大手前に来る前の大会でありますが――においては、日本共産党関西地方委員柳田春夫氏という人から、次のごときメッセージを読み上げたというのであります。

「私は日本共産党を代表して朝鮮の皆様に激励の言葉を申上げる。今回の日本政府が行いたる朝鮮学校閉鎖命令に対しては、日本共産党は、朝鮮の皆様と同じく絶対に反対し、皆様と一緒に共同鬪爭を展開しております。朝鮮独立と朝鮮教育自主は絶対死守しなければならん事項であるということは、朝鮮の皆様は心肝に徹せなくてはならん。朝鮮学校閉鎖命令反対周事は、朝鮮皆様の同胞が、下関や岡山や神戸において活發に展開せられ、多数の犠牲者を出しておられるのである。本日皆様が行われる鬪爭が若し敗北せられた一節は、これら多くの犠牲者が浮ぶことができないのであります故、本日の鬪爭は、皆様が死しても目的達成に奮鬪せられなければならん。我が共産党においても、皆様の必死の雄叫びに対し、全面的に支持して、共に共同鬪爭を開始したのである。現に大阪府廳前には、我らの同志が皆様の來るのを待つておるのである。皆様、本日の鬪爭は朝鮮人の死活問題であるから、大なる奮鬪の程お折りいたします」。といつたような、大体同じような趣旨の激励の演説が至る所に展開をされたわけでありまして、これによつて大分勇氣を附けられたということは、どうも否定することができないようであります。尚大阪におきましては、後に数百人を檢挙いたしまして、そのうち三十五名程を勾留いたしました。尚身柄を釈放しております者の中からも、結局起訴することに相成るであろうと思われるのでありまするが、その勾留しておりまする諸君の中には、九名が日本人でありまして、その大部分が全逓の人であり、その他の共産党員であるということに報告せられておるのであります。尚この日は知事が会談をいたしまして、やはり前と同じ問答が繰返されておりましたが、結局午後四時に至りまして、いつまで話をしても撤回はできないという以上は同じことであるというので、連絡によりまして、大阪の軍政部長クレーグ大佐がサリバン中佐という方を伴いましてやつて参りまして、大阪の場合は初めから警察官を中に入れて置きましたから、それで余程、ドアも破壊され、机なども傷けられておりましたけれども、神戸のような惨憺たる光景ではなかつたのであります。併し警官はなかなか中に入れなかつたのでありますが、この大佐と中佐の方は入つて参まりして、そうして会談はこれ以上継続しても無意味であるからして止めよということを命ぜられたのであります。尚この群集を退去せしめるためには、強力なるあらゆる手段を使つてもよろしい、武器を使用してもよろしいという命令を出されまして、尚鈴木警察局長に対して、解散命令をこの交渉委員長から群集に傳えさせよという御注意がありました結果、解散命令を警察局長が出したのであります、委員長は元何某という人であろと記憶いたしまするが、メガホンで放送をいたしたのであります。併しながら興奮してしておりまする群集は、なかなか服從しない。そこで止むを得ず先ず第一にポンプのホースを以て水を掛けろことによつて退去させることにいたしまして、縣廳前からホースで水を掛けて退去を迫つたのです。それで余程崩れたのでありまするが、それでも尚どうしても頑張る者が相当おりましたので、止むを得ず小競り合いが行われ、遂にピストルを発射するというようなことにも相成つたのでありまして、これは非常に遺憾なことでありまするが、或いは警官の方も、「とうがらし」を卵の中に入れて目潰しを食わされた結果、眼が見えなくなつた。それで捕まえられて、散々に袋叩きに相なりまして、非常な打撲傷を負うたというようなのを初め、三十数名の負傷警官を出した次第であります。又朝鮮人側にも多少の負傷者を生じたようでありまして、殊にその彈丸が十六歳の少年にあたりまして、遂に、死亡するに至つたという報告を聞いておるのであります。借朝鮮人側の負傷者につきましては、引續いて取調べを命じてありまするが、まだ正確な報告は受けておらないのであります。先私共産党代表の方々から伺つたところによりますと、相当数の怪我人があり、犠牲があるということであります。そういうふうなことで結局解散をいたしまして、大阪の警察局長並びに國家警察の管区本部長その他の処置は、事前の予防策におきましても、当日のか行動におきましても、臨機の処置を得まして、これらの、犠牲がありましたけれども、ともかくもこれだけの大衆を無事に解散せしめることができたということは、これは多としなければならないと思つて出るのでありまして、第二十五師團長から文書に認められたお褒めの言葉を頂いておるというような実情にあるのであります。

 そういうことが現地における状況でありまして、この問題に絡みまして、朝鮮人諸君の將来の遵法精神を如何にすべきかというような問題、更に警察がかくのごとき大衆運動に対して、今日の機構が十分に安心できるかという疑問が投げ出されるわけでありまして、この点につきまして制度なり組織なりの上に、若干の改革なり修正なりを加える必要があるのではないか。殊にこういう場合に警官が武器を持つておらないことは、どうしても威力を示すことができないために、十分に取締の任務を全うすることかできないという欠点があるのではないか。又自治体警察と他の自治体警察との連絡関係、及び自治体警察と國家地方警察との連絡が、どうも十分に密接に行つておらなかつたのではないかというような節も見受けられるのでありまして、こういう点を如何にせば強化することができるかということか一つの問題として出るわけであります。大阪の場合には、非常に予備隊、予備警察と申しますか、警察学校の学生千四百人かおりましたために、これが繰出して來たので非常に騒動を鎮圧するに役立つたのであります。これは大阪の場合も、卒業すれば正式の警官になつていなくなつてしもうのであります。平素この程度の予備隊がありますならば非常に心強いことであるということを、警察局長は申してたのてあります。東京の場合でもその他の場合でも、これからも同じように問題になり得べきものではないかと考えるのであります。その他本件に絡んで提供せられたる問題は数多いと思うのでありまするが、只今一々ここで申上げることは報告の範囲を逸脱いたすと思いますから省略さして頂きまするが、全体として警察の警備につきましては、兵庫においては若干の遺憾があり、大阪においてはよく努力した。こういうふうに申述べられることができるかと思うのであります。


○伊藤修君 ・・・個人的には同情すべき点も多々あると思いますが、併しながら前に静岡の騒擾事件におきましてもそうであります。受刑者が威嚇したからといつて、止むを得ずこれを出してやつた。威嚇されたから檢事正が逮捕しておる者を直ちに出してやる。さようなことで到底今日の非常事態の場合におけるところの、この戰後におけるところの日本の治安が保たれると思うかどうか。この点に対するところの政府の御意見を伺いたいと思います。今日の新聞でしたか、昨日の新聞でしたか、アメリカの新聞によれば、日本官憲の臆病に起因すると、こういう言葉を受けておるのであります。・・・

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